むかし筑前の国、太宰府の町に、白坂徳右衛門とて代々酒屋を営み太宰府一の長者、その息女お蘭の美形ならびなく、七つ八つの頃から見る人すべて瞠若し、おのれの鼻垂れの娘の顔を思い出してやけ酒を飲み、町内は明るく浮き浮きして、ことし十に六つ七つ余り、骨細く振袖も重げに、春光ほのかに身辺をつつみ、生みの母親もわが娘に話かけて、ふと口を噤んで見とれ、名花の誉は国中にかぐわしく、見ぬ人も見ぬ恋に沈むという有様であった。
ここに桑盛次郎右衛門とて、隣町の裕福な質屋の若旦那、醜男ではないけれども、鼻が大きく目尻の垂れ下った何のへんてつも無い律儀そうな鬚男、歯の綺麗なのが取柄で笑顔にちょっと愛嬌のあるところがよかったのか、或る日の雨宿りが縁になって、人は見かけに依らぬもの、縁は異なもの、馬鹿らしいもの、お蘭に慕われるという飛んでもない大果報を得たというのがこの物語の発端である。
両方の親は知らず、次郎右衛門ひそかに、出入のさかなやの伝六に頼み、徳右衛門方に縁組の内相談を持ちかけさせた。