喚という声ばかりに菊之助の息絶え、異様の叫びを聞いて夫婦は顔を見合せて家に駈け戻れば、吉兵衛うろうろ、子供は盥の中に沈んで、取り上げて見ればはや茹海老の如く、二目と見られぬむざんの死骸、お蘭はこけまろびて、わが身に代えても今一度もとの可愛い面影を見たしと狂ったように泣き叫ぶも道理、呆然たる猿を捕えて、とかく汝は我が子の敵、いま打殺すと女だてらに薪を振上げ、次郎右衛門も胸つぶれ涙とどまらぬながら、ここは男の度量、よしこれも因果の生れ合せと観念して、お蘭の手から薪を取上げ、吉兵衛を打ち殺したく思うも尤もながら、もはや返らぬ事に殺生するは、かえって菊之助が菩提のため悪し、吉兵衛もあさましや我等への奉公と思いてしたるべけれども、さすが畜生の智慧浅きは詮方なし、と泣き泣き諭せば、猿の吉兵衛も部屋の隅で涙を流して手を合せ、夫婦はその様を見るにつけいよいよつらく、いかなる前生の悪業ありてかかる憂目に遭うかと生きる望も消えて、菊之助を葬った後には共にわずらい寝たきりになって、猿の吉兵衛は夜も眠らずまめまめしく二人を看護し、また七日々々にお坊ちゃんの墓所へ参り、折々の草花を手折って供え、夫婦すこしく恢復せし百日に当る朝、吉兵衛しょんぼりお墓に参って水心静かに手向け、竹の鉾にてみずから喉笛を突き通して相果てた。
夫婦、猿の姿の見当らぬを怪しみ、杖にすがってまず菊之助の墓所へ行き、猿のあわれな姿をひとめ見て一切を察し、菊之助無き後は、せめてこの吉兵衛だけが世の慰めとたのんでいたのに、と恨み嘆き、ねんごろに葬い、菊之助の墓の隣に猿塚を建て、その場に於いて二人出家し、(と書いて作者は途方にくれた。
お念仏かお題目か。