番頭は帳場で神妙を装い、やたらに大福帳をめくって意味も無く算盤をぱちぱちやって、はじめは出鱈目でも、そのうちに少しの不審を見つけ、本気になって勘定をし直し、長松は傍に行儀よく坐ってあくびを噛み殺しながら反古紙の皺をのばし、手習帳をつくって、どうにも眠くてかなわなくなれば、急ぎ読本を取出し、奥に聞えよがしの大声で、徳は孤ならず必ず隣あり、と読み上げ、下男の九助は、破れた菰をほどいて銭差を綯えば、下女のお竹は、いまのうちに朝のおみおつけの実でも、と重い尻をよいしょとあげ、穴倉へはいって青菜を捜し、お針のお六は行燈の陰で背中を丸くしてほどきものに余念がなさそうな振りをしていて、猫さえ油断なく眼を光らせ、台所にかたりと幽かな音がしても、にゃあと鳴き、いよいよ財産は殖えるばかりで、この家安泰無事長久の有様ではあったが、若大将ひとり怏々として楽しまず、女房の毎夜の寝物語は味噌漬がどうしたの塩鮭の骨がどうしたのと呆れるほど興覚めな事だけで、せっかくお金が唸るほどありながら悋気の女房をもらったばかりに眼まいするほど長湯して、そうして味噌漬の話や塩鮭の話を拝聴していなければならぬ、おのれ、いまに隠居が死んだら、とけしからぬ事を考え、うわべは何気なさそうに立ち働き、内心ひそかによろしき時機をねらっていた。
やがて隠居夫婦も寄る年波、紙小縒の羽織紐がまだ六本引出しの中に残ってあると言い遺して老父まず往生すれば、老母はその引出しに羽織紐が四本しか無いのを気に病み、これも程なく後を追い、もはやこの家に気兼ねの者は無く、名実共に若大将の天下、まず悋気の女房を連れて伊勢参宮、ついでに京大阪を廻り、都のしゃれた風俗を見せ、野暮な女房を持ったばかりに亭主は人殺しをして牢へはいるという筋の芝居を見せて、女房の悋気のつつしむべき所以を無言の裡に教訓し、都のはやりの派手な着物や帯をどっさり買ってやったら女房は、女心のあさましく、国へ帰ってからも都の人に負けじと美しく装い茶の湯、活花など神妙らしく稽古して、寝物語に米味噌の事を言い出すのは野暮とたしなみ、肥桶をかついで茶屋遊びする人は無いものだという事もわかり、殊にも悋気はあさましいものと深く恥じ、
「あたしだって、悋気をいい事だとは思っていなかったのですけれど、お父さんやお母さんがお喜びになるので、ついあんな大声を挙げてわるかったわね。