主人の時頼というひともまた、その母の松下禅尼から障子の切り張りを教えられて育っただけの事はあって、酒のさかなは味噌ときめているほど、なかなか、しまつのいいひとであったから、この主従二人は気が合った。
そもそもこの青砥左衛門尉藤綱を抜擢して引付衆にしてやったのは、時頼である。
青砥が浪々の身で、牛を呶鳴り、その逸事が時頼の耳にはいり、それは面白い男だという事になって引付衆にぬきんでられたのである。
主人の時頼というひともまた、その母の松下禅尼から障子の切り張りを教えられて育っただけの事はあって、酒のさかなは味噌ときめているほど、なかなか、しまつのいいひとであったから、この主従二人は気が合った。
そもそもこの青砥左衛門尉藤綱を抜擢して引付衆にしてやったのは、時頼である。
青砥が浪々の身で、牛を呶鳴り、その逸事が時頼の耳にはいり、それは面白い男だという事になって引付衆にぬきんでられたのである。