伊丹の城主、荒木村重につかえて横目役を勤め、年久しく主家を泰山の安きに置いた。
主家の御次男、村丸という若殿、御総領の重丸のよろず大人びて気立やさしきに似ず、まことに手にあまる腕白者にて、神崎はじめ重臣一同の苦労の種であったが、城主荒木は、優雅な御総領よりも、かえってこの乱暴者の御次男を贔屓してその我儘を笑ってお許しになるので、いよいよ増長し、ついに或る時、蝦夷とはどのような国か、その風景をひとめ見たい、と途方もない事を言い出し、家来たちがなだめると尚更、図に乗って駄々をこね、蝦夷を見ぬうちはめしを食わぬと言ってお膳を蹴飛ばす仕末であった。
かねて村丸贔屓の城主荒木は、このたびもまた笑って、よろしい、蝦夷一覧もよかろう、行っておいで、若い頃の長旅は一生の薬、と言って事もなげにその我儘の願いを聞き容れてやった。