草津、水口、土山を過ぎ、鈴鹿峠にさしかかった時には、もう歩けぬとわめき出した。
もとから乗馬は不得手で、さりとてその自分の不得手を人に看破されるのも口惜しく無理して馬に乗ってはみたが、どうにもお尻が痛くてたまらなくなって、やっぱり旅は徒歩に限る、どうせ気散じの遊山旅だ、馬上の旅は固苦しい、野暮である、と言って自分だけでは体裁が悪いので勝太郎にも徒歩をすすめて馬を捨てさせ、共に若殿の駕籠の左右に附添ってここまで歩いて来たのだが、峠にさしかかって急に、こんどは徒歩も野暮だと言いはじめた。
「こうして、てくてく歩いているのも気のきかない話じゃないか。