夫婦は涙に目くらみ、ものも言えず、子供を仏壇の前に坐らせ、わななきわななき御燈明をあげ、親子四人、先祖の霊に手を合せて、いまはこれまでと思うところに、子守女どたばたと走り出て、二人の子供を左右にひしとかかえて頬ずりして、あんまりだ、あんまりだ、旦那さまたちは何をなさるだ、われはさっきからお前様たちの話を残らず聞いていただ、死ぬならお前様たちだけで死ねばいいだ、こんな可愛い坊ちゃま嬢ちゃまに何の罪とががあるだ、むごい親だ、あんまりだ、坊ちゃま嬢ちゃまは、おらがもらって育てるだ、死ぬならお前様たちだけでさっさと死ねばいいだ、とあたりはばからぬ大声で泣きわめいて、隣近所の人もその騒ぎに起き出して、夫婦の自害もうやむやになり、顔役はやがて事情を聞いて驚き、これは大事とひとり思案し、いかにも夫婦の言うとおり、あの夜われら十人のほか部屋に出入りした人は無し、小判が風に吹き飛んだという例も聞かず、まさかわれら腹黒くしめし合せ、あの夫婦をなぶりものにするなんてのは滅相も無い事、十人が十人とも義に勇んであのいそがしい年末の一夜、十両の合力を気前よく引受けたのだ、誰をも疑うわけに行かぬ、下手な事を言い出したら町内の大騒動、わが身の潔白を示そうとして腹を切る男など出て来ないとも限らぬ、さりとて百両といえば少からぬ金額、あの夫婦の行末も気の毒、このまま捨て置くわけにも行くまい、とにかくこの事件はわれらが手に余ると分別を極め、ひそかに役人に訴え申し、金の詮議を依頼した。
この不思議な事件の吟味を取扱った人は、時の名判官板倉殿、年内余日も無く皆々渡世のさわりもあるべし、正月二十五日に詮索をはじめる、そのあいだ、かの十人の者ひとりも他国仕るな、という仰せがあり、やがて初春の二十五日に、お役所からお達しがあり、かの十人の者ども各々その女房を召連れてまかり出ずべし、もし女房無き者は、その姉妹、あるいは姪伯母、かねて最も近親の女をひとり同道して出頭致すべしとの上意。
情をかけてこんな迷惑、親爺の遺言に貧乏人とは附合うなとあったが、なるほどここのところだ、十両の大金を捨て、そのうえお役所へ呼び出されるとはつまらぬ、とかく情は損のもと也、と露骨な卑しい愚痴を言うものもあり、とにかく女房を連れておそるおそるお白洲に出ると、板倉殿は笑いながら十人の者に鬮引きをさせて、一、二の順番をきめ、その順序のとおりに十組の名を大きな紙に書きしたためて番附を作り、お役所の前に張出させて、さて威儀を正していかめしく申し渡すよう、