まじめな気持ちになりますよ。
さすが放埓の三人も、昔の遊び友達の利左の浅間しい暮しを見ては、うんざりして遊興も何も味気ないものに思われ、いささか分別ありげな顔になって宿へ帰り、翌る日から殊勝らしく江戸の神社仏閣をめぐって拝み、いよいよ明日は上方へ帰ろうという前夜、宿の者にたのんで少からぬ金子を谷中の利左の家へ持たせてやり、亭主は受け取るまいから、内儀にこっそり、とくどいくらいに念を押して言い含めてやったのだが、その使いの者は、しばらくして気の毒そうな顔をして帰り、お言いつけの家をたずねましたが、昨日、田舎へ立ちのいたとやら、いろいろ近所の者にたずねて廻っても、どこへ行ったのかついに行先きを突きとめる事が出来ませんでしたという口上で、三人はそれを聞いて利左の行末を思い、いまさらながら、ぞっとして、わが身の上も省られ、ああ、もう遊びはよそう、と何だかわけのわからぬ涙を流して誓約し、いよいよ寒さのつのる木枯しに吹きまくられて、東海道を急ぎに急ぎ、おのおのわが家に帰りついてからは、人が変ったみたいにけち臭くよろずに油断のない男になり、ために色街は一時さびれたという、この章、遊興もほどほどに止むべしとの戒歟。
(置土産、巻二の二、人には棒振虫同前に思はれ)