好いところが一つもみじんも無かった。
私は昨年罹災して、この津軽の生家に避難して来て、ほとんど毎日、神妙らしく奥の部屋に閉じこもり、時たまこの地方の何々文化会とか、何々同志会とかいうところから講演しに来い、または、座談会に出席せよなどと言われる事があっても、「他にもっと適当な講師がたくさんいる筈です」と答えて断り、こっそりひとりで寝酒など飲んで寝る、というやや贋隠者のあけくれにも似たる生活をしているのだけれども、それ以前の十五年間の東京生活に於いては、最下等の居酒屋に出入りして最下等の酒を飲み、所謂最下等の人物たちと語り合っていたものであって、たいていの無頼漢には驚かなくなっているのである。
しかし、あの男には呆れた。