その光栄の失敗の五年の後、やはり私の一友人おなじ病いで入院していて、そのころのおれは、巧言令色の徳を信じていたので、一時間ほど、かの友人の背中さすって、尿器の世話、将来一点の微光をさえともしてやった。
わが肉体いちぶいちりん動かさず、すべて言葉で、おかゆ一口一口、銀の匙もて啜らせ、あつものに浮べる青い三つ葉すくって差しあげ、すべてこれ、わが寝そべって天井ながめながらの巧言令色、友人は、ありがとうと心からの謝辞、ただちにグルウプ間に美談として語りつがれて、うるさきことのみ多かった。
それは、おまえも知っている筈。