とにかく、この辺には、昔の蝦夷の栖家の面影は少しも見受けられず、お天気のよくなつて来たせゐか、どの村落も小綺麗に明るく見えた。
寛政年間に出版せられた京の名医橘南谿の東遊記には、「天地ひらけしよりこのかた今の時ほど太平なる事はあらじ、西は鬼界屋玖の嶋より東は奥州の外ヶ浜まで号令の行届かざるもなし。
往古は屋玖の島は屋玖国とて異国のやうに聞え、奥州も半ば蝦夷人の領地なりしにや、猶近き頃まで夷人の住所なりしと見えて南部、津軽辺の地名には変名多し。
とにかく、この辺には、昔の蝦夷の栖家の面影は少しも見受けられず、お天気のよくなつて来たせゐか、どの村落も小綺麗に明るく見えた。
寛政年間に出版せられた京の名医橘南谿の東遊記には、「天地ひらけしよりこのかた今の時ほど太平なる事はあらじ、西は鬼界屋玖の嶋より東は奥州の外ヶ浜まで号令の行届かざるもなし。
往古は屋玖の島は屋玖国とて異国のやうに聞え、奥州も半ば蝦夷人の領地なりしにや、猶近き頃まで夷人の住所なりしと見えて南部、津軽辺の地名には変名多し。