かの佐藤理学士の言説の如く、「人もし現代の奥州に就いて語らんと欲すれば、まづ文芸復興直前のイタリヤに於いて見受けられたあの鬱勃たる擡頭力を、この奥州の地に認めなければならぬ。
文化に於いて、はたまた産業に於いて然り、かしこくも明治大帝の教育に関する大御心はまことに神速に奥州の津々浦々にまで浸透して、奥州人特有の聞きぐるしき鼻音の減退と標準語の進出とを促し、嘗ての原始的状態に沈淪した蒙昧な蛮族の居住地に教化の御光を与へ、而して、いまや見よ云々。
といふやうな、希望に満ちた曙光に似たものを、その可憐な童女の歌声に感じて、私はたまらない気持であつた。