今昔物語に、安倍頼時が満洲に渡つて見聞したことを載せたのは、これらの考古学及び土俗学上の資料と併せ考へて、決して一場の説話として捨てるべきものでない。
われわれは、更に一歩を進めて、当時の東北蕃族は皇化東漸以前に、大陸との直接の交通に依つて得たる文華の程度が、不充分なる中央に残つた史料から推定する如く、低級ではなかつたことを同時に確信し得られるのである。
田村麻呂、頼義、義家などの武将が、これを緩服するに頗る困難であつたのも、敵手が単に無智なるがために精悍なる台湾生蕃の如き土族でなかつたと考へて、はじめて氷解するのである。