かうして見ると、津軽人の祖先も、本州の北端で、決してただうろうろしてゐたわけでは無かつたやうでもあるが、けれども、中央の歴史には、どういふものか、さつぱり出て来ない。
わづかに、前述の安東氏あたりから、津軽の様子が、ほのかに分明して来る。
喜田博士の曰く、「安東氏は自ら安倍貞任の子高星の後と称し、その遠祖は長髄彦の兄安日なりと言つてゐる。
かうして見ると、津軽人の祖先も、本州の北端で、決してただうろうろしてゐたわけでは無かつたやうでもあるが、けれども、中央の歴史には、どういふものか、さつぱり出て来ない。
わづかに、前述の安東氏あたりから、津軽の様子が、ほのかに分明して来る。
喜田博士の曰く、「安東氏は自ら安倍貞任の子高星の後と称し、その遠祖は長髄彦の兄安日なりと言つてゐる。