まことに心細いくらゐに狭い。
これでは、中央の歴史に相手にされなかつたのも無理はないと思はれて来る。
私は、その「道の奥」の奥の極点の宿で一夜を明し、翌る日、やつぱりまだ船が出さうにも無いので、前日歩いて来た路をまた歩いて三厩まで来て、三厩で昼食をとり、それからバスでまつすぐに蟹田のN君の家へ帰つて来た。
まことに心細いくらゐに狭い。
これでは、中央の歴史に相手にされなかつたのも無理はないと思はれて来る。
私は、その「道の奥」の奥の極点の宿で一夜を明し、翌る日、やつぱりまだ船が出さうにも無いので、前日歩いて来た路をまた歩いて三厩まで来て、三厩で昼食をとり、それからバスでまつすぐに蟹田のN君の家へ帰つて来た。