父の兄弟は皆、肺がわるくて、父も肺結核ではないが、やはり何か呼吸器の障りで吐血などして死んだのである。
五十三で死んで、私は子供心には、そのとしがたいへんな老齢のやうに感ぜられ、まづ大往生と思つてゐたのだが、いまは五十三の死歿を頽齢の大往生どころか、ひどい若死にと考へるやうになつた。
も少し父を生かして置いたら、津軽のためにも、もつともつと偉い事業をしたのかも知れん、などと生意気な事など考へてゐる。
父の兄弟は皆、肺がわるくて、父も肺結核ではないが、やはり何か呼吸器の障りで吐血などして死んだのである。
五十三で死んで、私は子供心には、そのとしがたいへんな老齢のやうに感ぜられ、まづ大往生と思つてゐたのだが、いまは五十三の死歿を頽齢の大往生どころか、ひどい若死にと考へるやうになつた。
も少し父を生かして置いたら、津軽のためにも、もつともつと偉い事業をしたのかも知れん、などと生意気な事など考へてゐる。