操作きわめて拙劣の、小心翼々の三十五歳の老兵が、分会の模範としてほめられた事は、いかにも、なんとしても心苦しく、さすがの鉄面皮も、話ここに至っては、筆を投じて顔を覆わざるを得ないではないか。
(前略)そうして、この建暦元年には、ようやく十二歳になられ、その時の別当定暁僧都さまの御室に於いて落飾なされて、その法名を公暁と定められたのでございます。
それは九月の十五日の事でございましたが御落飾がおすみになってから、尼御台さまに連れられて将軍家へ御挨拶に見えられ、私はその時はじめて此の禅師さまにお目にかかったというわけでございましたが、一口に申せば、たいへん愛嬌のいいお方でございました。