兄にとっては、ただ冗談だけでそんなことをしていたのでは無く、自身の肉体消滅の日時が、すぐ間近に迫っていることを、ひそかに知っていて、けれども兄の鬼面毒笑風の趣味が、それを素直に悲しむことを妨げ、かえって懸命に茶化して、しさいらしく珠数を爪繰っては人を笑わせ、愚僧もあの婦人には心が乱れ申したわい、お恥かしいが、まだ枯れて居らん証拠じゃのう、などと言い、私たちを誘って、高田の馬場の喫茶店へ蹌踉と乗り込むのでした。
この愚僧は、たいへんおしゃれで、喫茶店へ行く途中、ふっと、指輪をはめて出るのを忘れて来たことに気がつき、躊躇なくくるりと廻れ右して家へ引きかえし、そうしてきちんと指輪をはめて、出直し、やあ、お待ちどおさま、と澄ましていました。
私は大学へはいってからは、戸塚の、兄の家のすぐ近くの下宿屋に住み、それでも、お互い勉強の邪魔をせぬよう、三日にいちどか、一週間にいちど顔を合せて、そのときには必ず一緒にまちへ出て、落語を聞いたり、喫茶店をまわって歩いたりして、そのうちに兄は、ささやかな恋をしました。