それから十日ほど経ったら、また仔細らしい顔つきをして、家へおいでになって、さて、それでは少しずつ、綴方の基本練習をはじめましょうね、とおっしゃったので、私は、まごついてしまいました。
後でわかった事ですが、沢田先生は、小学校で生徒の受験勉強の事から、問題を起し、やめさせられ、それから、くらしが思うように行かず、昔の教え子の家を歴訪しては無理矢理、家庭教師みたいな形になりすまし、生活の方便にしていらっしゃったというような具合いなのでした。
お正月においでになって、その後すぐに私の母へ、こっそりお手紙を寄こした様子で、私の文才とやらいうものを褒めちぎり、また、そのころ起った綴方の流行、天才少女とかの出現などを例に挙げて、母をそそのかし、母もまた以前から、私の綴方には未練があったものですから、それでは一週にいちどくらい家庭教師としておいで下さるようにと御返事して、父には、沢田先生のおくらしを、少しでもお助けするためです、と言い張って、父も、沢田先生は昔の和子の先生ですから、それはいけないとも言えなかった様子で、しぶしぶ沢田先生をお迎えするというような事情だったらしいのでございます。