その時は、母も父に言い負けて、沢田先生も姿を見せなくなりましたが、悪い事が、つづいて起りました。
東京の深川で、金沢ふみ子という十八の娘さんが、たいへん立派な文章を書いて、それが世間の大評判になったのでした。
そのひとの本が、どんな偉い小説家の本よりも、はるかに多く売れて、一躍、大金持になったという噂を、柏木の叔父さんが、まるで御自分が大金持にでもなったみたいに得意顔で家へやって来られて、母に話して聞かせたので、母は、また興奮して、和子だって書けば書ける文才があるのに、どうしてこうかねえ、いまは昔とちがって、女だからとて家にひっこんでばかりいてはいけない、ひとつ柏木の叔父さんから教わって、書いてみたらいい、柏木の叔父さんは、沢田先生なんかと違って、大学まですすんだ人だから、それは、何と言ったって、たのもしいところがあります、そんなにお金になるんだったら、お父さんだって大目に見てくれますよ、とお台所のあとかたづけをしながら、たいへん意気込んでおっしゃるのです。