その頃、日本では非常に文学熱がさかんで、もうとてもそれは、昨今のこの文化復興とか何とかいうお通夜みたいなまじめくさったものとはくらべものにならぬくらい、実に猛烈でハイカラで、まことに天馬空を駈けるという思い切ったあばれ方で、ことにも外国の詩の飜訳みたいに、やたらに行をかえて書く詩が大流行いたしまして、私の働いている印刷所にも、その詩の連中が機関雑誌を印刷してくれと頼みに来まして、「あけぼの」という題の、二十頁そこそこのパンフレットでございましたから、引受けて印刷する事になったのでございますが、私はいつもその原稿を読み活字を拾い、しだいに文学熱にかぶれて、本屋へ行って当時の大家の詩集なども買って来て読むようになり、だんだん自信のようなものが出て来て、「豚の背中に鴉が乗って」という題で、私が田舎の畠で実際に目撃しました珍風景を、でたらめに大いにれいの行をかえて書いてみまして、それをおっかなびっくり、「あけぼの」の詩人のひとりに見てもらいましたところ、面白い、という事になり、その「あけぼの」の誌上に掲載されるという意外の光栄を得まして、それに気をよくして、さらにその次には、「林檎を盗みに行った時」という題で、やはり田舎に於ける私の冒険失敗談をかなり長く、れいの如くさかんに行をかえて書き、やはり「あけぼの」に掲載せられまして、これがまあ、当ったというのでございましょうか、新聞などでも、それをまともに取りあげて、何だかもう私の知らないむずかしい言葉でもっともらしく論じているのですから、私も呆れてしまいました。
にわかに詩人の友だちもふえて、詩人というものはただもう大酒をくらって、そうして地べたに寝たりなんかすると、純真だとか何だとか言ってほめられるもので、私も抜からず大酒をくらって、とにもかくにも地べたに寝て見せましたので、仲間からもほめられ、それがためにお金につまって質屋がよいが頻繁になりまして、印刷所のおかみさんと、れいの千葉県出身の攻撃の火の手はほとんど極度に達しまして、さすがに私も防ぎ切れず、とうとうその印刷所から逃げ出してしまいました。
やはり私は、詩という魔物のために、一生をあやまったのかも知れません。