しかし、あの時、印刷所のおかみさんと千葉県が、も少し私に優しく、そうして静かに意見してくれたら、私はふっつりと詩三昧を思い切り、まじめな印刷工にかえっていまごろはかなりの印刷所のおやじになっていたのではなかろうかと、老いの愚痴でございましょうが、しきりにそう考えられてならないのでございます。
私のようなダメな男が、詩など書いて、そのおぼつかない筆一本だけにたよって東京の賢明な文人たちに伍して暮して行くなど、とてもとても出来るものではないんです。
その印刷所から逃げ出してからの私の生活たるや、お話にも何にもならぬていたらくのものでございまして、いま思い出しても、まるで地獄の走馬燈を呆然と眺めているような気持が致しまして、よくまあ発狂もせず餓え死もせず、こうして生き伸びて来たものだと我ながら驚歎の念を禁じ得ないものがございます。