そうして、女房は、その人の帰ったあとは私に食ってかかって、あんなのは大事なお客なのに、あなたは愛想が無いからすぐに逃がしてしまう、あたしにばかり頼っていないで、あなたも男なら男らしく、もっと元気を出して、交際を派手にやるようにしなければいけない、とまるで八つ当りのお説教をするのでございます。
私はその頃、或るインチキ新聞の広告取りみたいな事もやって居りまして、炎天下あせだくになって、東京市中を走りまわり、行く先々で乞食同様のあつかいを受け、それでも笑ってぺこぺこ百万遍お辞儀をして、どうやら一円紙幣を十枚ちかく集める事が出来て、たいへんな意気込みで家へ帰ってまいりましたが、忘れも致しません、残暑の頃の夕方で女房は縁側で両肌を脱ぎ髪を洗っていまして、私が、おいきょうは大金を持って来たよ、と言い、その紙幣を見せましても、女房はにこりともせず、一円札ならたかが知れている、と言いまして、また髪を洗いつづけます。
私は世にも情無い気持になりまして、それではこの金は要らないのか、と言いますと、彼女は落ちついて自分の膝元を顎で差し、ここへ置きなさい、と言うのです。