忘れも致しません、あれは秋のなかば、月の非常にいい夜でございましたが、私は十二時すぎに店をしまいまして、それから大いそぎで築地の或る心易くしている料理屋へ風呂をもらいに行きまして、かえりには、屋台でおそばを食べ、家へ来て勝手口をあけようとしても、もう内桟をおろしてしまったようで、あきませんでした。
それで私は表通りへ出て、二階を仰ぎ、奥さん、おねえさん、奥さん、おねえさん、と小声で呼んでみましたが、もう眠ってしまったのかどうだか、二階はまっくらで、そうして何の反応もございません。
湯上りのからだに秋風がしみて、ひどくいまいましい気持になり、私はゴミ箱を足がかりにして屋根へ上り、二階の雨戸を軽くたたいて、奥さん、おねえさん、とまた低く呼びましたら、だしぬけに内から女房が、どろぼう!