それでどうやら二階の狂乱もしずまり、二階に電気がつき、やがて、下にも電気がつきまして、店の戸が内からあいて、寝巻姿の婆と女房は、きょときょと顔を出し、おまわりは苦笑しながら、どろぼうではない、と言って私を前面に押し出しましたら、婆はけげんな顔をして、これは誰ですか、こんな男は存じません、お前は知っているか、と娘に尋ね、娘も真顔で、とにかくあたしたちの家の者ではありません、と答えます。
そんなにまでされては、さすがに私も、呆れかえって物が言えない気持になり、そうですか、さようなら、と言って、おまわりの呼びとめるのも聞かず、すたすたと川のほうに歩いて行き、どうせもう、いつかは私は追い出すつもりでいたのでしょうし、とても永くは居られない家なのだから、きょうを限り、またひとり者の放浪の生活だと覚悟して、橋の欄干によりかかったら、急にどっと涙が出て来て、その涙がぽたんぽたんと川の面に落ち、月影を浮べてゆっくり流れているその川に、涙の一滴ずつ落ちる度毎に小さい美しい金の波紋が生じて、ああ、それからもう二十年ちかく経ちますが、私はいまでも、あの時の淋しさ悲しさをそのまんま、ありありと思い出す事ができるのでございます。
それからも私は、いろんな女から手ひどい打撃を受けつづけてまいりまして、けれどもそれは無学の女だから、そのような思い切ったむごい仕打ちが出来るのか、と思うと、どうしてどうして、決してそういうものでなく、永く外国で勉強して来た女子大学の婆さん教授で、もうこのお方は先年物故なさいましたが、このお方のために私の或る詩集が、実に異様なくらい物凄い嘲罵を受け、私はしんそこから戦慄し、それからは、まったく一行の詩も書けなくなり、反駁したいにも、どうにも、その罵言は何の手加減も容赦も無く、私が小学校を卒業したばかりで何の学識も無いこと、詩はいよいよ下手くそを極めて読むに堪えないこと、東北の寒村などに生れた者には高貴優雅な詩など書けるわけは絶対に無いこと、あの顔を見よ、どだい詩人の顔でない、生活のだらしなさ、きたならしさ、卑怯未練、このような無学のルンペン詩人のうろついているうちは日本は決して文明国とは言えない、という実に一から十までそのとおりの事で、阿呆な子に向って、お前は家の足手まといになるから死ぬがよい、と言うほどのおそろしく的確なやっつけ方で、みも、ふたも無く、ダメなものはダメと一挙に圧殺の猛烈さでございまして、私はそのお方とは、いつか詩人の会でたったいちどちらと顔を合せた事があるくらいのもので、個人的な恩怨は何も無かった筈でございますのに、どうして私のようなあるか無きかの所謂ルンペン的存在のものを特に選んで槍玉に挙げたのでございましょうか、やっぱり永年外国で学問をして来て大学の教授などしていても、あのダメな男につけ込んでさんざん痛めつけるという女性特有の本能を持っているからなのでございましょうか、とにかく私はそのすさまじい文章を或る詩の雑誌で読み、がたがた震えまして、極度の恐怖感のため、へんな性慾倒錯のようなものを起し、その六十歳をすぎた、男子にも珍らしいくらいの大きないかめしい顔をしているお婆さんに、こんな電報を打ってしまって、いよいよ恥の上塗りを致しました。