その写真の綺麗な学生さんは芹川さんと、何とかいう投書雑誌の愛読者通信欄とでも申しましょうか、そんなところがあるでしょう?
その通信欄で言葉を交し、謂わば、まあ共鳴し合ったというのでしょうか、俗人の私にはわかりませんけれど、そんなことから、次第に直接に文通するようになり、女学校を卒業してからは、急速に芹川さんの気持もすすんで、何だか、ふたりで、きめてしまったのだそうです。
先方は、横浜の船会社の御次男だとか、慶応の秀才で、末は立派な作家になるでしょうとか、いろいろ芹川さんから教えていただきましたけれど、私には、ひどく恐しい事みたいで、また、きたならしいような気さえ致しました。