多くの人々がその家族を遠い田舎に、いち早く疎開させているのを、うらやましく思いながら、私は金が無いのと、もう一つは気不精から、いつまでも東京の三鷹で愚図々々しているうちに、とうとう爆弾の見舞いを受け、さすがにもう東京にいるのがイヤになって、一家は妻の里へ移転した。
そうして、全く百日振りくらいで防空服装を解いて寝て、まあこれで、ここ暫くは寒い夜中に子供たちを起して防空壕に飛び込むような事はしなくてすむと思うと、これからさきに於いてまだまだ様々の困難があるだろう事は予想せられてはいても、とにかくちょっと安堵の溜息をもらしたという形であったのである。
しかし、私たちは既に「自分の家」を喪失している家族である。