私は、そんな馬鹿である。
そう自分に見極めがついたときに、私は世評というものを再び大事にしようという気が起った。
以前は、私にとって、世評は生活の全部であり、それゆえに、おっかなくて、ことさらにそれに無関心を装い、それへの反撥で、かえって私は猛りたち、人が右と言えば、意味なく左に踏み迷い、そこにおのれの高さを誇示しようと努めたものだ。
私は、そんな馬鹿である。
そう自分に見極めがついたときに、私は世評というものを再び大事にしようという気が起った。
以前は、私にとって、世評は生活の全部であり、それゆえに、おっかなくて、ことさらにそれに無関心を装い、それへの反撥で、かえって私は猛りたち、人が右と言えば、意味なく左に踏み迷い、そこにおのれの高さを誇示しようと努めたものだ。