僕は、敗戦の前には徴用で、伊豆の大島にやられていまして、毎日毎日、実にイヤな穴掘工事を言いつけられ、もともとこんな痩せ細ったからだなので、いやもう、いまにも死にそうな気持ちになったほどの苦労をしました。
終戦になって、何が何やら、ただへとへとに疲れて、誇張した言い方をするなら、ほとんど這うようにして栃木県の生家にたどりつき、それから三箇月間も、父母の膝下でただぼんやり癈人みたいな生活をして、そのうちに東京の、学生時代からの文学の友だちで、柳田という抜け目の無い、なかなかすばしこい人物が、「金はある。
新雑誌を発刊するつもり。