二十年前に、私が家を飛び出し、この東京に出て来て、「やまと新報」の配達をして居りました時、あなたの長篇小説「鶴」が、その新聞に連載せられていて、私は毎朝の配達をすませてから、新聞社の車夫の溜りで、文字どおり「むさぼり食う」ように読みました。
私は、自分が極貧の家に生れて、しかも学歴は高等小学校を卒業したばかりで、あなたが大金持の(この言葉は、いやな言葉ですが、ブルジョアとかいう言葉は、いっそういやですし、他に適切な言葉も、私の貧弱な語彙を以ってしては、ちょっと見つかりそうもありませんから、ただ、私の赤貧の生立ちと比較して軽く形容しているのだと解して、おしのび下さい。
華族の当主で、しかもフランス留学とかの派手な学歴をお持ちになっているのに、それでも、あなたのお書きになっている作品に、そんな隔絶した境遇を飛び越えて、(共鳴、親愛、納得、熱狂、うれしさ、驚嘆、ありがたさ、勇気、救い、融和、同類、不思議などと、いろいろの言葉を案じてみましたけれど、どれも皆、気にいりません。