この茶店の床几の上に、あぐらをかけば、私は不思議に蘇生するのである。
その床几の上に、あぐらをかいて池の面を、ぼんやり眺め、一杯のおしるこ、或は甘酒をすするならば、私の舌端は、おもむろにほどけて、さて、おのれの思念開陳は、自由濶達、ふだん思ってもいない事まで、まことしやかに述べ来り、説き去り、とどまるところを知らぬ状態に立ち到ってしまうのである。
この不思議の原因は、私も友人も、共に池の面を眺めながら話を交すというところに在るらしい。
この茶店の床几の上に、あぐらをかけば、私は不思議に蘇生するのである。
その床几の上に、あぐらをかいて池の面を、ぼんやり眺め、一杯のおしるこ、或は甘酒をすするならば、私の舌端は、おもむろにほどけて、さて、おのれの思念開陳は、自由濶達、ふだん思ってもいない事まで、まことしやかに述べ来り、説き去り、とどまるところを知らぬ状態に立ち到ってしまうのである。
この不思議の原因は、私も友人も、共に池の面を眺めながら話を交すというところに在るらしい。