黄村先生が、山椒魚なんて変なものに凝りはじめた事に就いては、私にも多少の責在りとせざるを得ない。
早春の或る日、黄村先生はれいのハンチング(ばかに派手な格子縞のハンチングであるが、先生には少しも似合わない。
私は見かねて、およしになったらどうですか、と失礼をもかえりみず言った事があるが、その時先生は、私も前からそう思っている、と重く首肯せられたが、いまだにおよしにならない)そのハンチングを、若者らしくあみだにかぶって私の家へ遊びに来て、それから、家のすぐ近くの井の頭公園に一緒に出かけて、私はこんな時、いつも残念に思うのだが、先生は少しも風流ではないのである。