――は、そうです。
私、文化運動は性に合わず、殊にもプロレタリヤ小説ほど、おめでたいものはないと思っていましたから、学生とは、離れて、穴蔵の仕事ばかりをしていました。
いつか、私の高等学校時代からの友人が、おっかなびっくり、或る会合の末席に列していて、いまにこの辺、全部の地区のキャップが来るぞと、まえぶれがあって、その会合に出ているアルバイタアたちでさえ、少し興奮して、ざわめきわたって、或る小地区の代表者として出席していた私のその友人は、もう夢みるような心地で、やがて時間に一秒の狂いもなく、みしみし階段の足音が聞えて、やあ、といいながらはいって来たひょろ長い男の顔が、はじめは、まぶしくて、はっきり見えなかったが、よく見ると、その金ぶち眼鏡のにやけた男が、まごうかたなき、私、ええ、この私だったので、かれ、あのときのうれしさは忘じがたいと、いまでもよく申しています。