女中に案内されて客間にとおされ、わざと秀才の学生らしく下手にきちんと坐って、芝生の敷きつめられたお庭を眺め、筆一本でも、これくらいの生活ができるのだ、とずいぶん気強く思ったものだ。
こよい死ぬる者にとってはふさわしからぬ安堵の溜息がほっと出て、かるく狼狽していたとき、蓬髪花顔のこの家のあるじが写真のままの顔して出て来られて、はじめての挨拶をかわしたのであったが、私には、はじめての人のようにも思われず、おととしの春にふと私から遠ざかっていった友人の久保君も、三四年まえのたしか今頃の季節に、きのう深田久弥に逢って来たと言い、日本人の作家には全く類がないくらいの、文学でないホオム・ライフを持っていて、あまり温順なので、こちらが腹の中で深田久弥の間抜野郎と呟いて笑っているようなひどくいけない錯覚がひらひらちらついて困惑するほど、それほどたまらなく善良の人がらなのだよ、と私に教えて呉れたことがあったけれど、いま私も、こうして対坐して、ゆくりなく久保君の身のうえと、それから、「深田久弥の間抜野郎」を思い出し、悖礼の瘠狗、千石船に乗った心地で、ずいぶん油断をしてしまった。
いまさら、なにも、論戦しなければならぬ必要もなし、すべての言葉がめんどうくさくて、ながいこと二人、庭を眺めてばかりいた。