私たちの母の説に依れば、百年ほど前から既に世界は、男性衰微の時代にはいっているのだそうでして、肉体的にも精神的にも、男性の疲労がはじまり、もう何をやっても、ろくな仕事が出来ない劣等の種族になりつつあるのだそうで、これからはすべて男性の仕事は、女性がかわってやるべき時なのだそうです。
女房が、いや、母が、私にその事を打ち明けてくれたのは、満洲から引揚げの船中に於いてでありましたが、私はその時には肉体的にも精神的にも、疲労こんぱいの極に達していまして、いやもう本当に、満洲では苦労しまして、あまりひもじくて馬の骨をかじってみた事さえありまして、そうして日一日と目立って痩せて行きますのに、女房は、いや、母は、まことに粗食で、おいしいものを一つも食べず、何かおいしいものでも手にはいるとみんな私に食べさせ、それでいて、いつも白く丸々と太り、力も私の倍くらいあるらしく、とても私には背負い切れない重い荷物を、らくらくと背負って、その上にまた両手に風呂敷包などさげて歩けるという有様ですので、つくづく私も不思議に感じ、引揚げの船の中で、どうしてお前はそんなにいつも元気なのかね、お前ばかりでなく、この引揚げの船の中に乗っている女のひと全部が、男のひとは例外なく痩せて半病人のようになっているのに、自信満々の勢いを示している、何かそこに大きな理由が無くてはかなわぬ、その理由は何だ、とたずねますと、女房はにこにこ笑いまして、実は、と言い、男性衰微時代が百年前からはじまっている事、これからはすべて女性の力にすがらなければ世の中が自滅するだろうという事、その女性のかしらは私自身で、私は実は女神だという事、男の子が三人あって、この三人の子だけは、女神のおかげで衰弱せず、これからも女性に隷属する事なく、男性と女性の融和を図り、以て文化日本の建設を立派に成功せしむる大人物の筈である事、だからあなたも、元気を出して、日本に帰ったら、二人の兄弟と力を合せて、女神の子たる真価を発揮するように心掛けるべきです、とここにはじめて、いっさいの秘密が語り明かされたというわけなのです。
それを聞いて私は、にわかに元気が出て、いまはもう二日ものを食わなくても平気になりました。