けれども是非、善悪、美醜の区別において、自分の今日までに養い上げた高い標準を、生活の中心としなければ生きていられない兄さんは、さらりとそれを擲って、幸福を求める気になれないのです。
むしろそれにぶら下がりながら、幸福を得ようと焦燥るのです。
そうしてその矛盾も兄さんにはよく呑み込めているのです。
けれども是非、善悪、美醜の区別において、自分の今日までに養い上げた高い標準を、生活の中心としなければ生きていられない兄さんは、さらりとそれを擲って、幸福を求める気になれないのです。
むしろそれにぶら下がりながら、幸福を得ようと焦燥るのです。
そうしてその矛盾も兄さんにはよく呑み込めているのです。