もう少し、変ってくれてもよい、いや、変るべきだとさえ思われました。
と私は田舎の或るひとに書いて送り、そうして、私もやっぱり何の変るところも無く、久留米絣の着流しに二重まわしをひっかけて、ぼんやり東京の街々を歩き廻っていた。
十二月のはじめ、私は東京郊外の或る映画館、(というよりは、活動小屋と言ったほうがぴったりするくらいの可愛らしくお粗末な小屋なのであるが)その映画館にはいって、アメリカの写真を見て、そこから出たのは、もう午後の六時頃で、東京の街には夕霧が烟のように白く充満して、その霧の中を黒衣の人々がいそがしそうに往来し、もう既にまったく師走の巷の気分であった。