私たちは海と別れて、新潟のまちのほうへ歩いて行きました。
いつのまにやら、背後の生徒が十人以上になっていました。
新潟のまちは、新開地の感じでありましたが、けれども、ところどころに古い廃屋が、取毀すのも面倒といった工合いに置き残されていて、それを見ると、不思議に文化が感ぜられ、流石に明治初年に栄えた港だということが、私のような鈍感な旅行者にもわかるのです。
私たちは海と別れて、新潟のまちのほうへ歩いて行きました。
いつのまにやら、背後の生徒が十人以上になっていました。
新潟のまちは、新開地の感じでありましたが、けれども、ところどころに古い廃屋が、取毀すのも面倒といった工合いに置き残されていて、それを見ると、不思議に文化が感ぜられ、流石に明治初年に栄えた港だということが、私のような鈍感な旅行者にもわかるのです。