堂々七百頁ちかくの大冊である。
大正四年に、勾当の正孫、葛原というお人に依って編纂せられ、出版と共に世人を驚倒せしめたものの様であるが、不勉強の私は、最近、友人の伊馬鵜平君に教えられ、はじめて知った次第である。
私一個人にとっては、ひどくもの珍しい日記ではあっても、世の読書人には、ああ、あれか、と軽く一首肯を以てあしらわれる普遍の書物であるのかも知れない。
堂々七百頁ちかくの大冊である。
大正四年に、勾当の正孫、葛原というお人に依って編纂せられ、出版と共に世人を驚倒せしめたものの様であるが、不勉強の私は、最近、友人の伊馬鵜平君に教えられ、はじめて知った次第である。
私一個人にとっては、ひどくもの珍しい日記ではあっても、世の読書人には、ああ、あれか、と軽く一首肯を以てあしらわれる普遍の書物であるのかも知れない。