云々。
とあって、いたく驚いている様子が、わかるのである。
このように、故勾当の名も、その日記も、大正四年、正孫の葛原氏が、その祖父君の遺業を、写真数葉、勾当年譜、逸話集等と共にまとめて見事な一本と為し、「葛原勾当日記」と銘題打って、ひろく世に誇示なされる迄は、わずかに琴の上手として一地方にのみ知られていただけのものでは無かったかと思う。
云々。
とあって、いたく驚いている様子が、わかるのである。
このように、故勾当の名も、その日記も、大正四年、正孫の葛原氏が、その祖父君の遺業を、写真数葉、勾当年譜、逸話集等と共にまとめて見事な一本と為し、「葛原勾当日記」と銘題打って、ひろく世に誇示なされる迄は、わずかに琴の上手として一地方にのみ知られていただけのものでは無かったかと思う。