ヒラメは、自分に自殺のおそれありと、にらんでいるらしく、つまり、女の後を追ってまた海へ飛び込んだりする危険があると見てとっているらしく、自分の外出を固く禁じているのでした。
けれども、酒も飲めないし、煙草も吸えないし、ただ、朝から晩まで二階の三畳のこたつにもぐって、古雑誌なんか読んで阿呆同然のくらしをしている自分には、自殺の気力さえ失われていました。
ヒラメの家は、大久保の医専の近くにあり、書画骨董商、青竜園、だなどと看板の文字だけは相当に気張っていても、一棟二戸の、その一戸で、店の間口も狭く、店内はホコリだらけで、いい加減なガラクタばかり並べ、(もっとも、ヒラメはその店のガラクタにたよって商売しているわけではなく、こっちの所謂旦那の秘蔵のものを、あっちの所謂旦那にその所有権をゆずる場合などに活躍して、お金をもうけているらしいのです)店に坐っている事は殆ど無く、たいてい朝から、むずかしそうな顔をしてそそくさと出かけ、留守は十七、八の小僧ひとり、これが自分の見張り番というわけで、ひまさえあれば近所の子供たちと外でキャッチボールなどしていても、二階の居候をまるで馬鹿か気違いくらいに思っているらしく、大人の説教くさい事まで自分に言い聞かせ、自分は、ひとと言い争いの出来ない質なので、疲れたような、また、感心したような顔をしてそれに耳を傾け、服従しているのでした。