自分はヒラメの家を出て、新宿まで歩き、懐中の本を売り、そうして、やっぱり途方にくれてしまいました。
自分は、皆にあいそがいいかわりに、「友情」というものを、いちども実感した事が無く、堀木のような遊び友達は別として、いっさいの附き合いは、ただ苦痛を覚えるばかりで、その苦痛をもみほぐそうとして懸命にお道化を演じて、かえって、へとへとになり、わずかに知合っているひとの顔を、それに似た顔をさえ、往来などで見掛けても、ぎょっとして、一瞬、めまいするほどの不快な戦慄に襲われる有様で、人に好かれる事は知っていても、人を愛する能力に於いては欠けているところがあるようでした。
(もっとも、自分は、世の中の人間にだって、果して、「愛」の能力があるのかどうか、たいへん疑問に思っています)そのような自分に、所謂「親友」など出来る筈は無く、そのうえ自分には、「訪問」の能力さえ無かったのです。