堀木と自分。
互いに軽蔑しながら附き合い、そうして互いに自らをくだらなくして行く、それがこの世の所謂「交友」というものの姿だとするなら、自分と堀木との間柄も、まさしく「交友」に違いありませんでした。
自分があの京橋のスタンド・バアのマダムの義侠心にすがり、(女のひとの義侠心なんて、言葉の奇妙な遣い方ですが、しかし、自分の経験に依ると、少くとも都会の男女の場合、男よりも女のほうが、その、義侠心とでもいうべきものをたっぷりと持っていました。
堀木と自分。
互いに軽蔑しながら附き合い、そうして互いに自らをくだらなくして行く、それがこの世の所謂「交友」というものの姿だとするなら、自分と堀木との間柄も、まさしく「交友」に違いありませんでした。
自分があの京橋のスタンド・バアのマダムの義侠心にすがり、(女のひとの義侠心なんて、言葉の奇妙な遣い方ですが、しかし、自分の経験に依ると、少くとも都会の男女の場合、男よりも女のほうが、その、義侠心とでもいうべきものをたっぷりと持っていました。