小柄で、顔色のよくない、眼が細く吊り上っていて、鼻の高い、美人というよりは、美青年といったほうがいいくらいの固い感じのひとであった。
この手記には、どうやら、昭和五、六、七年、あの頃の東京の風景がおもに写されているように思われるが、私が、その京橋のスタンド・バアに、友人に連れられて二、三度、立ち寄り、ハイボールなど飲んだのは、れいの日本の「軍部」がそろそろ露骨にあばれはじめた昭和十年前後の事であったから、この手記を書いた男には、おめにかかる事が出来なかったわけである。
然るに、ことしの二月、私は千葉県船橋市に疎開している或る友人をたずねた。