津軽の生家では父も母も既になくなり、私より十以上も年上の長兄が家を守っている。
そんなに、二度も罹災する前に、もっと早く故郷へ行っておればよかったのにと仰言るお方もあるかも知れないが、私は、どうも、二十代に於いて肉親たちのつらよごしの行為をさまざまして来たので、いまさら図々しく長兄の厄介になりに行けない状態であったのである。
しかし、二度も罹災して二人の幼児をかかえ、もうどこにも行くところが無くなったので、まあ、当ってくだけろという気持で、ヨロシクタノムという電報を発し、七月の末に甲府を立った。