しかし、二度も罹災して二人の幼児をかかえ、もうどこにも行くところが無くなったので、まあ、当ってくだけろという気持で、ヨロシクタノムという電報を発し、七月の末に甲府を立った。
そうして途中かなりの難儀をして、たっぷり四昼夜かかって、やっと津軽の生家に着いた。
生家では皆、笑顔を以て迎えてくれた。
しかし、二度も罹災して二人の幼児をかかえ、もうどこにも行くところが無くなったので、まあ、当ってくだけろという気持で、ヨロシクタノムという電報を発し、七月の末に甲府を立った。
そうして途中かなりの難儀をして、たっぷり四昼夜かかって、やっと津軽の生家に着いた。
生家では皆、笑顔を以て迎えてくれた。