また利休だって、自分の奉公している主人に対して、何もそう一本まいらせなくともいいじゃないか。
どうせ太閤などには、風流の虚無などわかりっこないのだから、飄然と立ち去って芭蕉などのように旅の生活でもしたら、どんなものだろう。
それを、太閤から離れるでもなく、またその権力をまんざらきらいでもないらしく、いつも太閤の身辺にいて、そうして、一本まいらせたり、まいったり、両方必死に闘っている図は、どうも私には不透明なもののように感ぜられる。
また利休だって、自分の奉公している主人に対して、何もそう一本まいらせなくともいいじゃないか。
どうせ太閤などには、風流の虚無などわかりっこないのだから、飄然と立ち去って芭蕉などのように旅の生活でもしたら、どんなものだろう。
それを、太閤から離れるでもなく、またその権力をまんざらきらいでもないらしく、いつも太閤の身辺にいて、そうして、一本まいらせたり、まいったり、両方必死に闘っている図は、どうも私には不透明なもののように感ぜられる。