たったいちど、夫のところへお客様がおいでになっていた時、いまのマサ子が三つくらいの頃でしたかしら、お客様のところへ這って行き、お客様のお茶をこぼしたとやらで、私を呼んだらしいのに、私はお勝手でばたばた七輪を煽いでいたので聞えず、返事をしなかったら、夫は、その時だけは、ものすごい顔をしてマサ子を抱いてお勝手へ来て、マサ子を板の間におろして、それから、殺気立った眼つきで私をにらみ、しばらく棒立ちになっていらして、一ことも何もおっしゃらず、やがてくるりと私に背を向けてお部屋のほうへ行き、ピシャリ、と私の骨のずいまで響くような、実にするどい強い音を立てて、お部屋の襖をしめましたので、私は男のおそろしさに震え上りました。
夫から怒られた記憶は、本当に、たったそれ一つだけで、このたびの戦争のために私もいろいろ人並の苦労は致しましたけれども、それでも、夫の優しさを思えば、この八年間、私は仕合せ者であったと言いたくなるのです。
(変ったお方になってしまった。