疎開先の青森から引き上げて来て、四箇月振りで夫と逢った時、夫の笑顔がどこやら卑屈で、そうして、私の視線を避けるような、おどおどしたお態度で、私はただそれを、不自由なひとり暮しのために、おやつれになった、とだけ感じて、いたいたしく思ったものだが、或いはあの四箇月の間に、ああ、もう何も考えまい、考えると、考えるだけ苦しみの泥沼に深く落ち込むばかりだ。
どうせお帰りにならない夫の蒲団を、マサ子の蒲団と並べて敷いて、それから蚊帳を吊りながら、私は悲しく、くるしゅうございました。
翌る日のお昼すこし前に、私が玄関の傍の井戸端で、ことしの春に生れた次女のトシ子のおむつを洗濯していたら、夫がどろぼうのような日蔭者くさい顔つきをして、こそこそやって来て、私を見て、黙ってひょいと頭をさげて、つまずいて、つんのめりながら玄関にはいって行きました。