夫の顎の下に、むらさき色の蛾が一匹へばりついていて、いいえ、蛾ではありません、結婚したばかりの頃、私にも、その、覚えがあったので、蛾の形のあざをちらと見て、はっとして、と同時に夫も、私に気づかれたのを知ったらしく、どぎまぎして、肩にかけている濡れ手拭いの端で、そのかまれた跡を不器用におおいかくし、はじめからその蛾の形をごまかすために濡れ手拭いなど肩にかけていたのだという事もわかりましたが、しかし、私はなんにも気附かぬふりを仕様と、ずいぶん努力して、
「マサ子も、お父さまとご一緒だと、パンパがおいしいようね。
と冗談めかして言ってみましたが、何だかそれも夫への皮肉みたいに響いて、かえってへんに白々しくなり、私の苦しさも極度に達して来た時、突然、お隣りのラジオがフランスの国歌をはじめまして、夫はそれに耳を傾け、